2008年12月07日(日) [長年日記]

_ 冬のキリン このエントリーを含むブックマーク

キリン奏楽堂の前にある青いキリン冬バージョン。背の高い樹々のある風景に見事に溶け込んでいるよね。

_ 今日の篤姫 このエントリーを含むブックマーク

篤姫正直言って、ちょっと退屈だったかな。天璋院の身の周りに振りかかる大事件があらかた終わってしまって、物語の動きからダイナミズムがなくなってくるからねぇ。 稲森の瀧山は相変わらず美しいなー。一応史実では60代のはずなんだけど、そういうわけにもいかず。それでもかなりの老けメーク入ってたかな、今日は。先日の幾島、今日の瀧山、重野と、ものすごい状況の中で苦楽を共にし、あるいは理解し合えた、かけがえのない人たちが、一人また一人と去っていく寂しさはよく伝わってきたわ。帯刀と天璋院の再会はなぁ。告白は瑛太も宮崎あおいも必要ないんじゃないかと言ったそうだけど、脚本の田渕久美子女史が押しきったとか。これで、視聴者を釣れたら読み勝ちだけど。けっこう、あざとく計算はしていて、そういうとこが当ってたりするのかな。いやでも、見ているほうはちと恥ずかしかったぞ。ただ、あおいちゃんがサラッと「知っていました」と言ったのにはズコーッときた(笑)。そして、帯刀とも今生の別れ。天璋院篤姫に深く関わった人たちが、次から次へと表舞台から去っていって、静かに静かに幕が降りていくといった感じだろうか。
来週はいよいよ最終回、75分スペシャルだっけ。総集編も見なくちゃな。

Tags: テレビ

_ ナイル・ロジャースとシンセサイザーとピアノの話。 このエントリーを含むブックマーク

下記の小室哲哉氏についての文章を楽しく拝見した。

■『小室哲哉』とは何だったのか?」@阿佐ヶ谷ロフトA (2008.11.29) | blog.yuco.net

私は、TM関係については、よく知らないので(globeは女性voが入ってるのでちょっと好きだったけど)、彼らが世間を席巻しているときに、夢中になっていたファンの方がどういう気持ちでどういうふうに彼らと同時代を歩んだかということを、当時の生々しい思いが伝わってくるような具体的な事柄を挙げて書かれている文章が面白かった。そんなわけで、私は、TM周辺については全くの無知ではあるんだけど、洋楽についてはけっこう長く聴き続けていることもあって、当時の状況についても多少知ってることはある。その観点から、読んでみて、若干ニュアンスが違うのではないかと思われる部分があったので、ここで、それについて書いてみることにする。

小室哲哉がナイル・ロジャースに期待したのは最新の音ではなくて、ネーム・バリューではなかったか

まずは、「DRESS」というアルバムに収録されているナイル・ロジャース”リプロダクション”の「Come on Everybody」について書いてる部分に絡む話。

マルさん紹介の曲は「DRESS 」収録のナイル・ロジャースによるリプロダクション(と当時言っていた)の「Come on Everybody」(hΛl註 1988年11 月リリース)。ナイル・ロジャースはマドンナの「Like a Virgin」で有名なんだけど当時すでに旬を過ぎた人だったそうです。これは以前速水さんが書いていた小室哲哉は海外の最新ダンスミュージックに通じていたわけではないという指摘ともつながりそう。

ナイル・ロジャースは70年代末からディスコ・ファンク・バンドCHICのリーダーとして一気に火がついた人で、「おしゃれフリーク」(YouTube)や「GOOD TIMES」はもはや70年代末のディスコ音楽の古典中の古典。たぶん、その当時のことを知らない人でも、この2曲、とくに「おしゃれフリーク」(原題「Le Freak」)は聴けば、ああ、あの曲かとわかるぐらい、今でも耳にする機会の多い曲だ(だから”古典”なんだけど)。CHICのなにがカッコよかったかというと、リーダー、ナイル・ロジャースのギター・カッティングと盟友バーナード・エドワーズのベースが作り出すリズムとグルーブに尽きる。ナイル・ロジャースは、シックとして成功したあと、いろんなアーティストのプロデュースをして、80年代の代表的なプロデューサーの一人になるんだけど、カッティングとベースのグルーブ感を特徴とする彼の”お印”サウンドはどれにもハッキリ出てくるので、一聴して、ナイル・ロジャース・プロデュースだということは、わかる。それぐらい、ナイル・ロジャースとシックのサウンドは個性的で強力だった。80年のダイアナ・ロス「アップサイドダウン」(YouTube)、83年のデイヴィッド・ボウイ「レッツ・ダンス」(YouTube)、「チャイナ・ガール」、「モダン・ラブ」、84年のデュランデュラン「リフレックス」(YouTube)。85年のマドンナ「Like A Virgin」の前に、既にこれだけのアーティストのプロデューサーとして大ヒットをかっ飛ばしていたわけで、80年代前半において、ナイル・ロジャースは既に神がかり的にスゴイ存在だったのだ。

シックとしてヒットを最初に飛ばしたのが1977年で、それから、1985年のマドンナのヒットまでで通算8年。「DRESS 」に関わったのは88年だから、そこまでを、さらに加算すると、ナイル・ロジャースは一線として注目を浴びて既に10~11年経っていたことになる。誰が見ても、既に、「功成り名を遂げた」状態で、「最新」でないことは歴然としていると思う。そうすると、小室哲哉が、この時点でナイル・ロジャースに”リプロダクション”を頼んだのは、最新のダンスサウンドを期待してということではなく、”あの”ナイル・ロジャースと一緒に仕事をしたと言いたかったか、さもなくば、サウンドとして最新ではないことはわかっていても、ナイル・ロジャース独特のリズム&グルーブに惚れ込んで、どうしてもそれを使いたかったか、のどちらかってことじゃないだろうか。ちなみに、85年は他に、ミック・ジャガーやトンプソンツインズ、そして、86年には再びデュランデュラン、それから、シーナ・イーストン、91年にカーズのリック・オケイセク、93年に再びデイヴィッド・ボウイをプロデュースしたりしてるので、88年当時、既に「旬」ではなかったにしても、名プロデューサーとしてのナイル・ロジャースは、まだ引く手数多だったと思われる。元々がDJミキサーではなくて、ギターとベースの生音で独特のグルーブを作り出すファンク職人だ。その彼に音源を渡して、煮るなり焼くなりしてくれと言っても、小室が斬新な旬のデジタルサウンドをナイル・ロジャースに期待してるとはとても思えない。繰り返しになるが、期待していたのは、既に、大プロデューサーとして名声を確立したナイル・ロジャースのネーム・バリューじゃないかと思う。それぐらい、ナイル・ロジャースという人は十分に大物で、70~80年代のロック、ファンクの世界においてエポックメーキングな人物だった。今で言うと、旬の時期からの経過年数と併せて、ティンバランドのような存在感だったかもしれないと思う。最初のヒットを飛ばした96年から既に12年、アリーヤ、ネリー・ファータド、ミッシー・エリオット、ビョーク、ジャスティン・ティンバーレイクをプロデュースした大物プロデューサーとして既に地位を確立しているから、今、ティンバランドに何かを頼むこと自体は全くもって新しくはないだろうけど、リズム、サウンドに独創性があるブラックミュージックの担い手としての存在感は未だ健在で、この点で、当時のナイル・ロジャースと今のティンバランドは似ているかもしれないと思うのだ。宇多田ヒカルが全米進出アルバムのためにティンバランドにプロデュースを頼んだのは2004年。そのときも「今更ティンバランドか」と言ってる人はいたけど、ビョークが「Volta」でティンバランドの参加を請うたのは、それから3年後の2007年だった。

シンセサイザー栄枯盛衰とその選択の基準

もう一つだけ。シンセサイザーの話について。

あとシンセの話。小室哲哉がイメージキャラクターをやっていたYAMAHAのEOSはスピーカー付きシンセで、音楽やっている人的にはかっこ悪いものだった(実際は便利だけど)という話とか、ジャングルというのは本来スピーカーが壊れるような重低音が出るものでこれをテレビ的にアレンジしたのがH Jungle with Tだが、この音作りはYAMAHAのシンセの音色と無関係ではないとか。ちょっとマニアックなミュージシャンはRolandを使うもので、あくまでも大衆志向の音作りをしているYAMAHAを使い続けたのも小室哲哉の個性のひとつという話とか。

私は、プロのミュージシャンでも、シンセサイザーを所有してるわけでもないので(YAMAHAの電子ピアノ、クラビノーバは持ってるけど)、実際に比較してみたり、自分の耳で聴いて意味のある意見を出すというわけにはいかないのだけど、そこのところをおことわりしといた上で、筆者が引用しているところで、ひっかかったところについて書いてみる。「YAMAHAのシンセサイザーの音は大衆志向で、マニアックなミュージシャンはRolandを使う」のか?

YAMAHAシンセサイザーを愛用し、一時代を画したミュージシャンの例を挙げれば、ロックにおけるキーボーディストの草分け、ELPのキース・エマーソンはモーグとともにYAMAHAのGX-1を愛用していたし、スティーヴィー・ワンダーも歴史的名盤「キー・オブ・ライフ」で、同じくGX-1を全面的にフィーチャー、「炎のランナー」や「ブレードランナー」でお馴染のヴァンゲリスや元ジェネシスのピーター・ガブリエルはCS-30を愛用した。デジタルシンセの時代に入ってからは、その幕開けの名機となったDX-7を使い、「80年代後半のシンセの音は、DX-7とフェアライト(オーストラリアのシンセメーカー)が作り出している」と言われるほど他を凌駕する活動を繰り広げた坂本龍一の一連のサウンドメークがある。シンセサイザーがプロミュージシャンのみならず、アマチュア愛好家にとっても身近になったという点で、YAMAHA DX-7は画期的だった。だって、それまで何百万もしていた高嶺の花が一気に20数万円にまで価格が低くなって、なおかつ、それなりの機能のものが手に入るようになったのだから。YAMAHA DX-7の登場は全くもって、シンセサイザーの歴史にとってエポックメーキングな出来事だった。

そのような前史があるので、YAMAHAが大衆志向で、マニアックなミュージシャンからは人気がないかというと、そういうわけでもないのだと思う。たとえば、ローランドのJP-8000というシンセはテクノ向きの名機と言われてたりするのだけど、日本の三大シンセメーカー(ローランド、コルグ、YAMAHA)の作るシンセにはそれぞれのメーカーによって、音に特徴があるのは確かなようで、その中のどれを使うかというのは、その人のやりたいジャンル、イメージする音と各シンセの音との相性に尽きるのだと思う。そして、シンセサイザーというのは、常に、技術革新によって、画期的なサウンドメークの方式が生まれる可能性があって、これまでも、各社がそれぞれにエポックメーキングな機械を出すたびに、シンセ界を牽引するメーカーは交代してきた(80年代後半のYAMAHA DX-7もそう)。そのとき人気機種、人気メーカーがあったとしても、それはその時点のものでしかないので、選択の基準は、マニアックか大衆志向かという固定的な区別よりも、個々人のイメージする具体的な音とそのときの各メーカーのシンセの音の特徴との相性というより流動的で相対的な区別がポイントになってるんじゃないかと思う。つまり、ブランドイメージというのはあるにしても、いざシンセの選択の基準となると、シンセサイザーについてよく知っていればいるほど、固定化も単純化も難しくなるんじゃないかと思う。実際、シンセサイザーについてマニアックな人たちは、ケースバイケースで海外製を含めた複数メーカーの製品を使ってることが多い(プロミュージシャンともなれば、ほとんどの人がそうだと思う)。

日本のシンセ市場では、最初は、草分けのローランドが先を行って、市場参入の順にコルグ、ヤマハという序列のイメージがあったあと、キース・エマーソンやスティーヴィー・ワンダーにも愛用されだしたヤマハが徐々にブランドイメージを上昇させていって、DX-7の登場で、ついにシンセ界の牽引メーカーになるが、80年代末になると、コルグが、ミュージック・ワークステーションM1を投入して、再びシンセ界の勢力図が入れ換わる−−という変遷が、これまであったように思う。

附録:クラシックピアノ界の版図と私的好み

YAMAHAについては、クラシックピアノについても面白い話があるので、元々の話とは全く関係ないのだが、ちょっと付け加えてみる。

クラシックピアノの世界にもシンセサイザーと同じように昔から勢力版図がある。メーカーは、こちらは国内ではなくて、世界三大メーカーとして、スタインウェイ、ベーゼンドルファー、ベヒシュタインが有名だ。たぶん、現在、ホールに設置されたコンサートグランドピアノのシェアが一番大きいのはスタインウェイだと思うけど、過去を振り返れば、リストはベヒシュタインとベーゼンドルファーを、バックハウス、ケンプはベヒシュタインを、パデレフスキー、ホロヴィッツはスタインウェイをというように、好みは人それぞれだった。

そんな中、ここでも後発のYAMAHAは日本のメーカーということもあって、有名ピアニストには見向きもされないと思う人がいるかもしれないが、実はかなり強烈な個性のピアニストたちにYAMAHAのファンがいるのだ。まずは、20世紀を代表するピアニストの一人であるスビャトスラフ・リヒテル。彼の後半生はYAMAHAと共にあったことは有名だ。NHKの『プロジェクトX』でもリヒテルが愛したピアノということで番組が作られたし、なんといっても圧巻なのはYAMAHAの工場で作業服を着た技術者たちのためだけにリヒテルが演奏をプレゼントしたという話。それぐらい、リヒテルは、YAMAHAピアノを信頼し愛していた。もう一人の愛好者は、グレン・グールド。彼もまた最晩年はYAMAHAピアノを愛用し、死の前年に録音された二度目のゴルトベルク変奏曲はYAMAHAコンサート・グランドCFで録音されていた。また、ニューアカ知識人に愛されたグールドの影響もあるのか、坂本龍一も未だYAMAHAコンサートグランドの愛用者だ。関係ないけど、私も所有しているのはYAMAHAのコンサートグランド。これについては、他の2つのメーカーのものと弾き比べたことがあるんだけど、他に比べて、明晰でブリリアント、キラキラしているのがYAMAHAのコンサートグランドの特徴だと思う。多様性、微細な揺らぎ、陰翳の表現はスタインウェイに譲るかもしれないけども、一つの音のクリアさ、タッチの明晰さにかけてはYAMAHAが一番じゃないかと思うし、同じような意見を聞く機会は多いように思う。

上下を言うことにあまり意味はないのだけど、それでも、三大ピアノと言われているベーゼンやベヒシュタインより、YAMAHAはずっと使えるピアノだと自分は思っている。

Tags: 音楽

_ マンソンってまだ生きてるんだと驚いたり、ポランスキーもう75かよと驚いたり。 このエントリーを含むブックマーク

ポランスキー監督の生涯は苦難と波乱に満ちている。生まれ故郷の欧州ではユダヤ人として迫害を受け、母親は強制収容所内で死亡した。新天地を求めてわたった米国では成功を手にしたが、平穏な暮らしは待っていなかった。妻の女優、シャロン・テートが69年、チャールズ・マンソン率いるカルト集団に惨殺されてしまう。

 ちなみに、カリフォルニア州で死刑が廃止されていた時期に判決を受けたマンソンはまだ州刑務所で服役中で、仮釈放を求めるたびに却下される状況が続いている。ハリウッドを震撼させた事件の記憶はまだ薄れていない。

伝説だあね。

Tags: 芸能

_ 工作員とは言わないまでも、へーんな人がいるなとは思うわけで。 このエントリーを含むブックマーク

368  名無しさん@九周年 2008/12/07(日) 23:38:14 ID:va4iFSch0
なにこの麻生閣下と自民党マンセーで埋め尽くされたスレ
さすがネットウヨニートにちゃんねら
キモッ
 
名無しさん@九周年 2008/12/07(日) 23:40:52 ID:P3XMgCMo0
    ・・・すげぇな。最近ν速+来てなかったからここまで占領されてるとは思わなかった
    信者と信者しかいねぇんだな・・・>>368とか酷すぎる。どこ見てんだ?見てないって事はアレな人だろう
    もう怖いね、おいらラウンジに帰るわ
 

このスレは、どう見ても、民主党支持と麻生バッシングが多かったスレッドなんだけど、にも関わらず368のようなレスが舞い込むと。そのココロは? 名無しさんが書いてるように、中身を読まないで書きこんでる人なんだろう。で、それってどんな人だろうと考えると、あな恐し。どこであろうと、適当に距離置いて読まきゃ…というのは今更な話か。

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